耳鳴りと”蝉の声”
          耳鳴りと“蝉の声”    「閑さや岩にしみ入る蝉の声」 
           (健康クリニック(H14/7/7)、鹿児島新報に投稿) 

 夏本番。蝉しぐれの季節です。ご存知ですか。耳鳴りで悩んでおられる方々に、その音色を尋ねますと、多くの方が、“ジー”という“蝉の声”に似ていると答えられるのです。患者さんにとっては、耳を塞いでも1日中鳴っている、自分の意のままにならない騒音です。一方、松尾芭蕉は、山寺で“蝉の声”を聴きながら、閑さ(しずかさ)や、と、実に不思議な句を詠まれました。

 耳鳴りの中には、実際に耳の近くで音がしている場合があります。耳垢や 耳に入った虫などが動いて音がしたり、鼓膜の内側の筋肉が痙攣したりして音を発することがあります。また、貧血や甲状腺機能亢進症のときには、血液の流れに乱れが起きて音が出ることもあります。これらの耳鳴りの多くは時間的に変化します。例えば、脈打つような強弱がある、鳴ったり鳴らなかったりするなどです。中には脳動脈瘤や血管異常が原因である方もおいでです。頭痛、眼痛などがある方は要注意。ぜひ病院で見てもらってください。

 耳鳴り患者さんの聴力検査をしますと、その方の人生・生活が見えてきます。例えば、鉄工所などのうるさいところで長年働いてこられた方では高音部の聴力に傷が残っています。剣道や猟銃による狩猟を趣味とされている方の場合は傷に左右差があり、多くは左耳に、より強い内耳障害が見られます。等々。

 このような方の耳鳴りは、“キー”、や“ジー”といった音です。検査装置を使って耳鳴りと似た音を作ってみますと、大体が2000Hzから8000Hzと比較的高い周波数の音です。耳鳴りがおきる仕組みはまだ明らかではありませんが、大きな音などの衝撃による耳鳴りの場合、4000Hzあたりの音を聞き取るマイクロフォンが壊れてしまい、その高い周波数帯域に対応する聴覚神経や聴覚中枢の過敏性が生じ、その結果、高い音色の耳鳴りを自覚するものと考えられています。

 聴力障害は、中耳炎、メニエール病、突発性難聴、聴神経腫瘍など、いろいろな疾患でおきますし、耳鳴りも同様、その原因は様々です。難聴やめまいなどがあればもちろん、耳鳴り単独の場合でも、お近くの耳鼻咽喉科で診察をしてください。検査して初めて聴覚障害が判明することも少なくありません。

 耳鳴りが出現して早い時期は、耳鳴りだけでなく聴力障害についても薬などで治すことをめざします。それでも治らないときは耳鳴りを抑える治療となります。疲れや不眠、肩こりなどで悪化することが多く、休養、十分な睡眠、規則正しい生活をお勧めするほか、安定剤、筋弛緩剤等を内服していただくこともあります。特殊な治療法としては、リドカイン静脈注射、局所麻酔剤の中耳腔内注入、補聴器による耳鳴マスキング(外界の音で耳鳴りを打ち消す方法)、心理療法などがあります。

 耳の病気がない人でも、防音室のような静かなところに入っていただくと、8-9割の方が“キー”、“シー”、“ジー”、といった耳鳴りを自覚します。難聴がすすむにつれ周りの音が聞こえなくなって、誰でも持っている”内部雑音“を感じている耳鳴患者さんもいると言われています。

 芭蕉は本当に“蝉の声”を詠んだのでしょうか。静かな状況を、“シーンとしている“と表現します。もしかしたら、”蝉の声“を聴きながら”内部雑音“と混同し、本当に静かさを感じたのかも知れませんね。